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技術のわくわく探検記 2001.8.12.
熊本県砥用町石橋群
霊台橋
1847年竣工
単径間石造アーチ橋
日本最大の石造アーチ橋
径間(スパン) 27.5m
拱矢 15.4m
全長 約90m
石材 石質溶結凝灰岩
国指定重要文化財・1960(昭和35)年2月9日指定
大窪橋
1849(嘉永2)年竣工
単径間石造アーチ橋
橋長 19.3m
幅員 最大2.9m 最小2.7m
馬門橋
単径間石造アーチ橋
熊本県下益城郡砥用町
熊本県砥用町石橋群
「霊台橋」「馬門橋」「大窪橋」「雄亀滝橋」「阿芹場橋」「井芋橋」「舞鹿野田橋」
「下用来橋」「県橋」「白岩橋」「小夏橋」「鍵ノ戸橋」「西ノ鶴橋」「岩清水橋」
※砥用町石橋群の調査は、昭和30年代に九州大学・太田静六博士らによって行われています。
| 霊台橋 1847年竣工 日本最大の石造アーチ橋 径間(スパン) 27.5m 拱矢 15.4m 全長 約90m 石材 石質溶結凝灰岩 国指定重要文化財 1960(昭和35)年2月9日指定 |
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| 1845(弘化2)年、流出と再建を繰り返す緑川にかかる木造橋にかわって石造アーチ橋(目鑑橋)を 建設しようとする計画が惣庄屋・篠原善兵衛によって立てられました。 1846(弘化3)年2月、大工総棟梁・万助、大工棟梁・伴七、宇助、石工棟梁・卯助(種山石工)らに よって橋梁模型を用いた設計が行われ、1846(弘化3)年9月に起工、1847(弘化4)年2月に竣工と なった。(霊台橋架橋記念碑に記載されている竣工・・・・検分1847(弘化4)年4月6日) 霊台橋を建設したこの土木技術が「通潤橋」の架橋にも生かされました。 |
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| 基礎となる三段に積まれた鞘石垣 鱗状に積まれた「スパンドレル(壁石)」 |
アーチリングは一重 拱矢(アーチの頂上からアーチ両端部を結ぶ水平線まで)15.4m |
| 石造アーチ橋の径間では日本最大 径間(スパン) 27.5m |
明治時代に路面を高くするために壁石を高くする改造が行われました。 昭和41年5月上流側に隣接して新たに橋梁が建設されたため歩道橋 となり昭和56年に竣工当時の姿に復元されました。 |
| 橋の全長は約90m | |
| 大窪橋 1849(嘉永2)年竣工 単径間石造アーチ橋 橋長 19.3m 幅員 最大2.9m 最小2.7m 砥用町指定文化財 |
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| 1849(嘉永2)年に惣庄屋の篠原善兵衛と石工の新八によって架橋されました。 アーチの中心が常水面下であるため両基盤の中心角が157.40度となっています。 |
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| 馬門橋 単径間石造アーチ橋 砥用町指定文化財 |
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関連した技術遺産
「通潤橋」(熊本県矢部町)